ENDOTSUBASAの特殊技術 | ENDOTSUBASA

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2020/11/23 22:32



王に愛された象嵌技法


【有機物への象嵌技法とその歴史】

ENDO TSUBASAが扱う技術は、パールやマザーオブパールなどの主に有機物の表面に貴金属を嵌め込む技法であり、世界的に見て非常に珍しく長い歴史を持ち合わせた特殊な象嵌技法です。

有機素材への象嵌は古くは17世紀、ルイ14世がフランスを統治していた時代のヴェルサイユ宮殿の家具に用いられており、鼈甲(ベッコウ)に真鍮や銀などの金属を嵌め込んだ家具など大型の作品を見る事ができます。

これらはルーヴル宮内に工房を与えられた“王の家具師”アンドレ=シャルル・ブールにより完成された技術を用いており、後にブール様式などと呼ばれています。

彼のその様式により作られた作品の数々は、その繊細かつ豪華絢爛な装飾を特徴とし、ルイ14世に大変好まれ鼈甲がフランスで流行するきっかけとなりました。これらの作品は現在でもルーブル美術館やヴェルサイユ宮殿に残されています。

左下図;ルイ14世 右下図:ブール様式の戸棚(※1)

17世紀の終わりには、嗅ぎタバコ入れや小箱など家具に比べて小さな物に貴金属を使用した更に細かな装飾を施す新たな象嵌技術<ピクウェ>が登場し始めます。これはブール様式の作品群に触発され生まれた物だと考えられます。

その頃から18世紀にかけて、有機素材を使用した象嵌技法はヨーロッパ圏内の一部の国々でも見られるようになります。

そして当時、スペイン領土であったイタリア・ナポリではトレイや水差、杖などの実用具の装飾として急発展し、作品に使用する素材は鼈甲に加えマザーオブパール、象牙などを用いる様になります。

それらの作品は気が遠くなるような繊細な細工が施され、実用具ながら鑑賞用にまで美しさを引き上げた作品が制作されています。

特にブルボン家でルイ14世の血を引くカルロス3世(Charles de Bourbon)が1734年にナポリ・シチリア王に即位した際に制作され非常に好まれました。その後、王室には象嵌技法“ピクウェ”を駆使した最高峰の作品達が飾られました。

これらの作品はナポリの王室以外にも貴族の間で人気があり、英国王室、フランスやイギリスのロスチャイルド家などにコレクションされていました。

2016年には世界最古の国際競売会社サザビーズによりクズルバッシュ・コクションと括られたコレクションの一部として作品の出品が行われ、その精巧さで人々を驚かせています。

左下図;カルロス3世 右下図:カルロス3世が即位された際に制作された作品(※2)


他にも20世紀の初頭、作品のコレクターであったメイヤー・カール・フォン・ロスチャイルド(Mayer Carl von Rothschild)の死後、娘のアデル・フォン・ロスチャイルド(Adèle von Rothschild)によってルーブル美術館に寄贈されており、今でもこれらの作品をフランスの美術館で実際に見る事ができます。


イギリスのバーミンガムではこの技法を用いた製造方法が18世紀末頃に機械化され小箱やトレイなどが製造されました。その後19世紀になるとこの技術を用いてジュエリーが作られ人々を美しく飾ります。(※3)しかし、19世紀末にはそのほとんどが作られなくなり、やがて王族や多くの貴族が愛したこの技法は人々の記憶と共に歴史の舞台から姿を消してしまいます。

残念ながら、現代においてもイギリスで確立されたその詳しい製造方法については、一般的な象嵌と同様に嵌め込む方法やリベットにより突き刺すなど多くの説がありますが、正式な方法は不明だと言われています。


この一度は歴史の舞台から消えた幻の技法<ピクウェ>は、後に一人の日本人により現代に復活されたものの世界でもこの技法を行える技術者は少なく、更にマザーオブパールやパールへの象嵌は困難を極め、非常に難易度の高い特殊技術であり世界的に見ても行える技術者は遠藤翼を含め極少数しか居ない尊い技術なのです。


※1,出典元:ルーブル美術館『アンドレ=シャルル・ブール作 戸棚』説明文より

※2,出典元:サザビーズ『クズルバッシュ・コレクション(英)』記事より

※3,参考元:ブリタニカ百科事典より





【幻の技法“ピクウェ”の特徴】

当ブランドが扱うこの技法は古くから鼈甲や象牙への象嵌装飾に用いる事が多く、幾何学模様や様々なモチーフがデザインされ、時には金や銀で出来た1mmにも満たない極小なパーツを素材に嵌め込み彫金を施す技法です。象嵌されたその姿はまるで金属の極繊細なパーツが浮き出ているかのよう見えるのが特徴的です。

そしてマザーオブパールやパールへの象嵌は、鼈甲や象牙に比べて加工の際に非常に割れやすく、髪の毛の太さにも満たない緻密な細工を要し、極限にまで集中力を高め手の感覚だけを頼りに装飾を施していきます。

その見栄えもダイヤなどの宝石を散りばめた豪華絢爛なジュエリーとは異なる魅力があり、マザーオブパール独特の透き通るような白さが金・プラチナで彩られ、繊細な輝きは品と華やかさが融合する奥ゆかしく美しい輝きを放ちます。

その上品さからお召しになるシーンを選ぶ事なく、身に付ける人の上品さと愛らしさを常に演出してくれます。




【象嵌とは?】

象嵌とは象(かたどる)嵌(はめ込む)という意味で、世界各地で多様に発展してきた装飾技法です。

一般的に象嵌と言えど、使われる素材も技術も様々ですが、一つの素材に異質の素材を嵌め込むと言う意味で金工象嵌、木工象嵌、陶象嵌等があります。日本では刀や甲冑、重箱などに用いられており、現代でもこの技術は頻繁に見る事ができます。





【経験から選ばれ抜いた素材を使用】

象嵌技法“ピクウェ”に使用できる品質の素材は非常に限られており、経験を基に選び抜いた高品質な素材のみを必然的に使用しています。


象嵌に耐え得る素材の条件の一つに”硬さ”があり、それは美しさや品質と高い関係性があります。

パールを例に挙げると、表面が象嵌に耐え得る頑強な物かは、真珠層の厚みが関係しています。

真珠層とは約0.4〜5ミクロン(0.0004〜5ミリ)程の厚みを持つ平板状の結晶板が、長い年月をかけて幾千にも折り重なった物であり、層が厚くなればなるほど希少で真珠特有の艶やかで美しい輝きを作り出します。

象嵌に適した物はこの真珠層が比較的に厚いため、同時に美しい輝きを放つことを意味しており、これはパールだけでなくマザーオブパールにも当てはまります。

そんな希少素材を選び抜くには、外見だけでは選ぶことができず高い経験を要求されます。

先ずは色形から良いものを選び出した後、実際に象嵌を施すにあたり硬さの確認を行なっていきます。

マザーオブパールなら表面を少し削り、パールであれば穴あけの際の感覚で硬さを確認して行います。 

僅かな違いですが、品質の高い象嵌をご提供するには、この手から伝わる微細な振動を感じ取れる優れた感覚力が求められます。

高品質で希少な素材とそれを選び抜く経験がなくては、象嵌技法”ピクウェ”に耐える事が出来ないのです。 





【接着や似た様な技法との違い】

遠藤翼が行う象嵌技法“ピクウェ”には接着剤を使用せずにパールなどへ象嵌加工を施しています。

似た技法として挙げられる物に主に“接着象嵌”と“蒔絵”があります。


接着剤を使用した“接着象嵌”では経年劣化による破損などのリスクが高まる為、長く使用するのが難点となります。また接着象嵌では素材とパーツの間に必然的に隙間が生じ、次第に黄色く変色し劣化する為、見た目にも美しくありません。

また最高品質の象嵌技法“ピクウェ”には、パーツと素材の間に隙間や段差が出来ることは無く均一であり、経年劣化によるパーツの外れも起こりません。

更に接着による象嵌とは違い、様々な形状へ象嵌することが可能で、接着による象嵌では難しいパールなどの球体へも様々な模様のパーツを嵌め込む事が可能なのです。貴金属と素材の間に隙間という境目がない事により、美しさを妨げる影が存在せず唯一無二の高級感を演出します。


蒔絵との大きな違いとしてパーツの厚みがあげられます。

厚みのあるパーツを使用することによって、象嵌後にパーツ表面をタガネという刃物で彫ることによりキラキラとした繊細な光を作り出すことができます。これは、蒔絵という技法では作り出すことのできないもので、象嵌技法“ピクウェ”の最大の特徴と言えます。